お守りとは

お守り(御守り)とは、厄除け(魔除け)、招福(開運)、加護などの人の願いを象った縁起物です。護符、御符とも呼ばれます。外来語でいうと、アミュレットやタリスマン、チャームなどがそれに当たります。
お守りの歴史は古くは奈良時代から存在しますが、「蘇民将来之子孫者」と書かれた小さな木簡がはじまりだったとされています。

目次

お守りの原型、蘇民将来之子孫者と書かれた呪符木簡

長岡京跡からお守りの原型が発見された

長岡京跡から「蘇民将来之子孫者(そみんしょうらいのしそんのもの)」と書かれた呪符木簡が発見されています。木簡の大きさは長さ2.3cm×幅1.3cm、厚さ0.2cmととても小さいもので、上部には小さな孔が開けられ、紐を通して首からかけていたのではないかといわれています。

長岡京における天然痘の蔓延を鑑みるに、病気平癒を願って身につけられたお守りの原型と考えられています。
蘇民将来は「備後国風土記」の登場人物で、素戔嗚尊と深い因縁がある人物です。鎌倉時代中期、卜部兼方(うらべのかねかた)に著された「釈日本記」のなかにおさめられた「備後国風土記逸文」に素戔嗚尊が登場します。

その内容は、「昔、北海にいた武塔天神(素戔嗚尊と同一視される)が南海の神の女に求婚しようと旅に出たが、途中で日が暮れてしまった。そこで将来という兄弟に一夜の宿の提供を求めたところ、裕福な弟の巨旦将来(こたんしょうらい)には断られた。しかし、貧しい兄の蘇民将来は快く願いを受け入れ、栗飯を振舞って歓待した。年を経て、武塔の神は悉く巨旦将来一族を滅ぼし、蘇民将来には「吾は素戔嗚の神である。後世、疫病があったときには、汝、蘇民将来の子孫といって、茅の輪を腰に着けた者は疫病を免れる」と茅の輪の法を伝えた」というものです。

「備後国風土記」の成立は奈良時代初期なので、天然痘が蔓延した長岡京の人々が疫病退散のために「蘇民将来之子孫者」の木簡を身に着けていたとしても不思議ではないでしょう。

京都・祇園祭に継承された蘇民将来の故事

京都・祇園祭

貞観11年を起源とする「祇園御霊会」は、明治元年の神仏分離令によって「祇園祭」、祇園感神院は八坂神社と改称されました。八坂神社の祭神は素戔嗚尊、櫛稲田姫命、八柱御子神などです。

今日、祇園祭は7月1日から31日までの1か月にわたる祭礼で、17日に行われる神幸祭では、午前から長刀鉾を先頭とする23基の山や鉾の巡行があり、夕刻になると3基の神輿が八坂神社から御旅所へと渡御します。
神輿は24日の還幸祭まで御旅所に奉安され、午前より橋弁慶山を先頭に11基の山鉾巡行があります。夕方に出発した神輿3基は「祇園御霊会」が行われた三条御供社で「奉饌祭」を執り行ったのち、八坂神社に還御し、24時頃、神霊が本殿に戻ります。

この山鉾巡行にかかわる人々は、蘇民将来の故事にならい、「蘇民将来之子孫也」の護符を身に着けて祭に奉仕する習わしがあります。また、31日には蘇民将来を祀る八坂神社境内の「疫神社」において「夏越祭」が行われ、鳥居に大茅輪の設け、参拝者はこれをくぐって厄を祓い、また「蘇民将来之子孫也」の護符を授かることができます。
もちろん、茅の輪くぐりは素戔嗚尊と蘇民将来に「茅の輪をもって腰に着けた者は疫病を免れる」の言い伝えに由来するものです。茅の輪は茅(ちがや…イネ科の多年草)で作った大輪で、くぐることによって罪障を祓うことができるとされました。

祇園祭の宵山から巡行当日まで、各鉾町の会所や八坂神社では「蘇民将来之子孫也」の護符がついた「厄除け粽(ちまき)」が授与されます。茅の輪は茅を巻いたものであることから、茅巻が同音の粽となって厄除けのお守りとなったと考えられています。

平常時に厄災から身を護るために携帯するように

平安時代の懸守

平安時代中期頃から、お守りは疫病流行の非常時に身に着けるというよりは、平常時に広く厄災から身を護るという意味で携帯されるようになっていったようです。
その最たるものは、平安時代の女性が物詣(ものもうで)などの外出に際して着装した懸守(かけまもり)です。平安貴族の女性たちにとっては外出は稀だったので、大勢のお供に護られていたとはいいながら、外出は危険を伴うものだったのです。懸守のなかには、神仏の守護を願って念持仏(個人が身辺に置き、私的に礼拝するための仏像)や経巻などが納められました。

安全に社寺への参詣が出来るようになり、胸守へ

安全になった江戸時代

平安時代は宿泊を伴う物詣が出来るのは富裕な貴族層に限れらていました。物詣を行うためには多くの従者、牛車、馬など行列を整えるためにかなりの費用が必要な上、参詣道には不遜な輩が出没する危険な地域もあり、難行苦行であったそうです。

しかし、江戸時代に入ると社寺への参詣は一般庶民にも広がり、身に迫る危険も少なくなっていったようです。道中安全を願った懸守は、専ら火消やとび職など血気盛んな若者に用いられるに変化しました。首からかけることに変わりはないですが、胸守(むねまもり)と呼ばれるようになり、素肌に直接着けるか腹掛の上に着け、一方の肩から反対の脇腹にかけて掛ける形式に変化していきました。

さらに、幕末に誕生した新機軸の「腕守」というアームレット形式のものがあります。左腕に巻くもので男子に限って用いられ、縮緬製(天鵞絨…ビロード)の細い筒状のもの、あるいは銀製のものがあり、凹のところに守札を納めます。

このように、平安時代に胸元に懸けた掛守は江戸時代に至って、いっそう装飾的で華美なものへと変化していきました。

時代とともに変わり、進化する守り袋

お守り袋

守り袋が首から懸ける形式からぶら下げ形式に変化したのは江戸時代末期のことです。当時は撫り(ふり)袋と呼ばれ、今日、一般的に神社や寺院などで授与される守り袋と酷似しています。明治時代になると撫り袋は守巾着と称されるようになりました。大正時代には印籠型守り袋が登場しています。

今日、社寺で授与されるお守りの定形は印籠型守り袋であり、それには社寺名や「家内安全」「身体健康」「交通安全」「学業成就」などの願い事を織り込んでいるものが多いです。このような守り袋の登場は高度経済成長期のことで、社寺名を入れるのは昭和33年頃、願い事は昭和48年頃に京都、西陣の織物業者によって考案されました。

明治維新以降、ジャガード織機の導入によって複雑な紋織物の大量生産が可能になった西陣では、守り袋を専門に制作する会社が誕生し、金糸・銀糸を多用する金襴こそが神仏の分身である護符を入れる守り袋にふさわしいと考えられ、印籠型守り袋が制作されました。


明治になるまでは御師がお守りを配布していた

熊野権現(熊野大社)

今日、お守りはお寺や神社から授与されますが、それは明治時代になってからのようです。まず、私たちが「お守り」と呼んでいるものは「守り札」の尊称で、神仏の名号や、社寺の名を記したお札を小さくしたものです。もともと、お札は祈祷のために読誦(どくじゅ)した経典や陀羅尼(だらに)などの名と回数を書き付けた巻数(かんじゅ)であるといわれ、神棚や仏壇に納められたり、門口などに貼り付けたりします。

このような習慣が広まったのは中世以降のことで、とくに、後白河法皇が帰依した熊野権現(熊野大社)の御師(おし)の存在が大きいといえます。
御師とは祈祷に従う身分の低い神職(社僧)の事で、彼らは平安貴族たちの熊野詣に際して祈祷や宿泊の世話をはじめ、熊野三山の案内なども担ったほか、全国を行脚して熊野権現の利益を説き、熊野権現の使いである八咫烏を意匠した熊野牛王符(くまのごおうふ)と呼ぶ特殊なお札を広めました。

熊野御師のほかに、石清水八幡宮・出羽三山・伊勢神宮・日吉大社などにも波及しましたが、江戸時代において大活躍したのが伊勢御師(おんし)でした。御師と全国各地の信者との間には師檀関係が結ばれ、毎年一度、御師は檀家宅を訪れ、大神宮と銘された大麻と呼ぶお札を配布しました。
大麻は檀家が伊勢に参詣し、天下泰平・五穀豊穣を祈念すべきところ、御師が代行して祈願した証印でした。大麻に加えて、熨斗鮑(のしあわび)や伊勢白粉・鰹節・伊勢暦などの伊勢土産を携えていました。
お札の配布のほか、家の中で竈祓いをし、家の前で獅子舞も演じ、五穀豊穣・厄難消除を祈り、伊勢参宮の勧誘なども行いました。

明治新政府による神祇制度の整備により、御師は急速に衰退し、明治4年、ついに御師職は廃止されてしまいました。御師職廃止に伴い、お札やお守りは現在のように神社の社務所や寺院の寺務所で授与されるようになっていったようです。

進化・多様化するお守り

進化するお守り

高度経済成長期以降、お守りはさらに進化・多様化を続けています。マイカーブームが到来した1970年代には、社内に下げる交通安全の木札型守や車体に貼り付ける交通安全ステッカーが登場しました。
さらに、1980年代以降はカード型守りが登場し、本来、守り袋は身体に装着するものであったのに対して、財布などに携帯するものも現れました。

携帯電話が小型化し、普及した1990年代からはストラップ型守も現れ、一層小型化が進みました。同時期から、本来、仏教において仏・菩薩を礼拝する際に用いられる数珠(念珠)をブレスレットのように手首につけてお守りとする腕輪念珠も作られるようになりました。干支による守り本尊や種子(しゅじ)を配したものもあり、素材も水晶や菩提樹など多彩になりました。神社においては、同形式のものをブレスレット守りと命名して授与しています。

昨今では、守り袋の素材も古典的な金襴や錦にこだわらず、縮緬・レース・麻などで作られた可愛い守り袋を授与する社寺も現れ、多彩な素材が使用されるようになりました。

アミュレットとは?

アミュレット

お守りに似たものに、アミュレットがあります。アミュレットは主に危害や不運や邪眼から持ち主を守る物で、形や材料は様々です。いつでもどのようなものに対しても持ち主を守護し、買ったり携帯したり飾ったりできます。金属・木・骨などの平らな面に図やシンボルが描かれたものが多いです。持ち主が身に着けたり持ち歩いたりすれば、受動的ではあるが長期間続く保護を受けられるものです。

非常に古くから使われてきたモチーフの例に、手や目があります。「ファティマの手」の別名を持つハムサや、古代エジプトの「ホルスの目」は、今も中東や北アフリカのあちこちで目にします。
持ち運びのできるアミュレットとして、簡単には理解できないシンボルや文字を洋皮紙に書いたり、金属に刻印してネックレスや指輪として身に着けたりすることはよくあります。外から見える場合も、服の内側に隠す場合もあります。さまざまな伝統や文化のシンボルやシジルや聖人は、例外なく魔除け・厄除けの力を持っていました。

まとめ-お守りとの付き合い方

お守りとの付き合い方

長岡京(784年~794年)の時代に最初のお守りが登場して以来、「お守りとは身を護るために身に着けるもの」というコンセプトは基本変わらずに、進化・多様化してきました。


お守りを神社や寺院で授かる際にいただく封筒や紙にこういった文面が書かれていることがあります。

「お守りは、なるべく身に着けてお持ちください」
「日々、感謝の気持ちをもって肌身離さずお持ちください」
「お札・お守りは、毎年新しくお受けいただくのが、日本古来のならわしです」
「古くなったお守りは、感謝の気持ちをもって納札所(古札所)にお納めください」

ここには、3つの大切なポイントがあります。

  • お守りは身に着けて持つべき
  • お守りは毎年新しいものを受けるのが風習である
  • 1年間、厄災から身を護ってくれたお守りに感謝の念を忘れない

いつも肌身に着けるものである

2way数珠お守り

もともと、肌守りという言葉が示しているように、お守りとは肌身につけるもので、財布に入れたり、ストラップにして持つものではない、という意味が含まれているのだと思います。

コトホギのアイテムでいうと、「お守りブレスレット」と「2wayお守り数珠」が腕に直接装着できるので、最もお守りの本質に近いものであるといえますが、衣服の上から着けるお守り袋も古来から存在していました。袋やバッグ、ポケットなどに入れて持ち歩くのもお守りの持ち方として、何ら問題はありません。

直接肌に物を着けるのが苦手な方や、着けられない環境の方がいますが、その場合はポケットに入れたりウエストバッグやボディバッグなどに入れたり着けてもかまいません(コトホギのメンター、旧約ヨブ様も問題ないと仰っていました)。

毎年新しいものを授かる

御師が1年に1度、各檀家にお札を配布した習慣が残っているともいえますが、お守りは毎年新しいものを受けるのが正しい持ち方とのことです。

天然石で作っているお守りブレスレットの場合は浄化することができるので、1年に1度新しいものに変える、という必要がありません。また神社・寺院で授かるお守りのように特定の神様からのものでもないので、毎年授かりに行く必要がありません。

コトホギでおつくりしているブレスレットや数珠は木珠も使いますが、ほとんどがパワーストーンで作成しています。パワーストーンは入れ物として優れています。神社や寺院に行って、神様仏様の気を石に頂いて気を記憶してくる、または浄化をしてもらい、石の持つ力を十分に発揮できるようにしてもらう、といった使い方をコトホギでは提案しております。

厄災から身を護ってくれたお守りに感謝の念を忘れない

これは、大変小さなものですが、お札を身に着けているのですから、古いお守りといえども粗末に扱ってはいけないといういうことを戒めているのでしょう。

コトホギでは、お守りブレスレットをアクセサリーではなく、お守りとして接してほしいと願っています。パワーストーンで作られているので、こまめに浄化をして、置き場所にも気を遣ってほしいです。置き場所は浄化が出来る場所がベストです。神棚に祀ってください、という訳ではありませんが、神棚がおうちにある場合は三宝にさざれの水晶などを入れて毎日置かせて頂くのもOKです。


コトホギのメンバー

大変長くなりましたが、お守りの歴史と、当店のお守りアクセサリーについてコトホギが想っていることを書きました。私たちもまだまだ知らないことがたくさんあり、逆にお客様に教えられることもあったりするのですが、メンターである旧約ヨブ様にもご指導いただき、日々、修行でございます。

しかし、いくら知識を得て詳しくなったとしても、絶対こうしなければいけない!という凝り固まった人間にはならないように気を付けております。お客様にとって何が最善かをいっしょに考え、幸せになるための提案をすることが出来ればと、思います。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

お守りについてよくあるご質問Q&A

お守りがよくきく心の持ち方とは?

神様はお参りをした人だけの願いを叶えようとしているわけではありません。
人類、世の中全体の幸せを願っています。一見、自分には関係がなさそうな問題であっても、いつか回り回って思わぬかたちで自分に返ってくるものです。
人の悪口や不平不満を言うのをやめてみる。常に自分だけでなく周囲の人の成功も応援できる心でいれば、行動も発言も肯定的なものになります。それが最終的には自分自身に返ってくるのだと考えると、一個人だけの幸せだけを願うのは効果的とはいえないでしょう。
お守りは、家族や友人や恋人を大切にしたり、仕事や勉強に向ける思いを高める心のよりどころでもあります。お願いが叶いやすい人とは、美しい心でいられる人です。あなたの心の美しさはお守りがいつも見守っています。

お守りはいついただくもの?

神社仏閣にお参りする際に、お守りはどのタイミングで授かればいいか、迷うことがあります。参拝前に授与初があると、色とりどりのお守りに目を奪われてしまい、つい先に買ってしまう、ということもあるでしょう。よくいわれるのが、参拝後に授与するのが正しい順番という説ですが、コトホギではいつも参拝する際に先に買っています。そして本殿で気を、力を入れていただくという順番で参拝しています。
ですので、コトホギでおつくりしているお守りアイテムも、同じように神社仏閣やパワースポットに行って石に神様仏様の力を入れていただく、という使い方もOKです。

お守りはどこに置いておくもの?

基本、お守りは肌身離さず身に着けるようにしましょう。お守り袋やケース、ポーチなどに入れて持ちあるのが良いですが、服のポケットに入れておくのもOKです。直接身に着けられない場合はカバンなどにつけても良いでしょう。
寝るときやお風呂に入る際は、浄化できる場所に置いておくのが良いでしょう。神棚があるなら、三宝にさざれ水晶などを敷いてその上に置くのがオススメです(お守りアイテムも同じ方法でOK)。神棚がない場合は、不浄で陰気な場所は避けて活気のある高い場所に置くようにしましょう。

お守りの大きさや値段は効力と関係がある?

大きいお守りや値段の高いお守りの方が効力が高い、ということはないでしょう。
では、なぜお守りやお札には大中小とサイズがあり、金額が異なるお守りがあるのでしょう。
元来、日本人は1年の収穫の一部を神様に捧げて感謝を表し、次の年の豊穣を願ってきました。現在は貨幣社会になり、お金を捧げるようになりました。
私たちがお賽銭や授与品に支払うお金は基本的には神様へのお供えです。ですので、分相応でよいのです。無理をすることはありませんし、余裕があるときは多めに出すことがあってもよいのです。
コトホギでおつくりしているお守りアイテムも、金額が異なったり、石の大きさが違ったりしますが、単純に高額で石が大きければ効果が強い、というわけではありません。
力の強い石、弱い石、というのは確かにあるのですが、力の強い石は安価な石の中にもあったりしますし、石の組み方で効果の調節は可能です。力の強い石は多くなく、珍しいので高額になりがちですが、お守りの力は金額だけではない、ということを知っておいてください。

ずっと同じお守りを持っていていいの?

神社では、お守りを毎年新しいものに替えることを勧めています。一年経つと神様が帰ってしまうというわけではないのですが、新しくすることで再度、パワーを頂くことができるようになると考えられているようです。
お守りは肌身離さず着けていると、1年も経つと汚れて傷んでしまい、清浄を第一とする神道的には良いことではありません。古くなったお守りやお札は、なるべくいただいた神社やお寺の古札を収める場所にお返しするのが良いでしょう。神社のお守りは神社へ、お寺のお守りはお寺へ返すのが基本とのことです。
ちなみに、コトホギでおつくりしているお守りアイテムも同様に傷んできたら、メンテナンスをするとよいでしょう。お守りとは違い、1年で交換する必要はありませんが、浄化は毎日行うようにしてください。ゴムや糸が傷んだら、交換を行わせて頂きます(往復送料のみお支払い頂きます)。石や木珠が破損した場合は、代わりの石・木珠と交換も可能です(有償となります)。
お守りと同じように、清浄な状態で着けることを心がけるようにしましょう。

神社とお寺のお守りの違いは?

神社は神道の方法で、お寺は仏教の方法でお守りを用意しており、由来やご利益は別物です。そもそも、同じ系統の寺社で祀られている神仏に違いがあったり、違う寺社で同じ神仏が祀られていても、場所が違えば意味やご利益に違いが出てきます。その場とお参りの状況で判断して入手するといいでしょう。


参考文献
鳥居本幸代.お守りを読む-日本人は何を願ってきたのか.株式会社春秋社,2022年.
露木宏.日本装身具史-ジュエリーとアクセサリーの歩み.美術出版社,2008年.
マリアン・グリーン.護符と呪文の秘密-アミュレット、タリスマン、チャームの不思議.アルケミスト双書,2022.
中津川昌弘.願いが叶う小さな神様-にほんのお守り.株式会社徳間書店.2010

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